評価指標、モニタリングツール、およびデータの改善

高齢者の医療・社会的ケアに関するアンメットニーズの評価方法を促進するためのグローバル・リサーチコンソーシアム

背景

医療・社会的ケアにかかわる満たされていないニーズの測定・把握・モニタリングは、世界のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ達成に向けた進展を加速するために重要です。とりわけ、高齢者のさまざまなニーズを他の年齢層との比較により把握し、それらのニーズが、利用可能な医療・社会的ケアの制度の下でどのように満たされるか、または、満たされないのかを具体的に理解することも重要です。そこで、WHO神戸センターでは、これらの課題に協働して取り組み、あらゆる年齢のニーズに対応する政策に導くエビデンスを作るためのグローバル・リサーチコンソーシアムの設立を支援しました。 

目標

  • 高齢者の医療・社会的ケアにおいて満たされていないニーズの測定について、現行の研究手法および将来的な課題に関するグローバルな議論を促す。 
  • 高齢者の医療・社会的ケアにおいて満たされていないニーズの測定および状況把握の向上を目的とした、明確なリサーチアジェンダを備えたグローバル・リサーチコンソーシアムを設立する。 

研究手法

  1. 世界で高齢者の医療・社会的ケアのニーズを測定するために使用されている主要な出版物、利用可能なデータソース、現行のツールと手法を特定するために、灰色・白色文献のレビューを実施する。
  2. 関連文献と専門家に関するデータベースの系統的調査とスノーボールサンプリングにより、関連する専門家の多様な集団を特定する。 
  3. 特定した専門家とともに、以下について半構造化形式の協議を実施する。
    1. 高齢者の満たされていないニーズを説明するための用語および概念システム
    2. 測定の基準、手段、データ、分析的アプローチ
    3. データ、エビデンス、方法に存在するギャップ
    4. リサーチコンソーシアムが示せる価値

結果

  1. リサーチアジェンダ、付託事項、ガバナンス構造を備え、WHOの全地域を網羅する多国籍のリサーチコンソーシアムを設立しました。
  2. 高齢者の満たされていない医療・社会的ケアのニーズを評価する研究手法や方法論を発展させるためのグローバルアジェンダを提案しました。
  3. 高齢者に特有のケアへのアクセスモデルを構築しました。
  4. 提案したリサーチアジェンダの前進を助けるべく、以下のリソースを集約しました。
    1. 主要な関連出版物のデータベース
    2. 関連分野ならびに特定の国・地域に関する専門家のデータベース
    3. 高齢者の満たされていないケアのニーズに関連する指標・測定値のデータベース
    4. 二次解析に利用可能な、満たされていないケアニーズに関する世界各国のデータソースのデータベース
    5. 高齢者の満たされていないケアニーズの測定に推奨される調査質問のデータベース
  5. リソースを収載し情報を発信するためにウェブサイトを制作しました。

世界的な示唆

リサーチコンソーシアムは、高齢者の医療・社会的ケアのニーズに関してより良いデータとエビデンスを得るための研究に世界で協力するためのプラットフォームとなります。これにより、高齢者の満たされていないケアニーズを解消する政策や資金配分を導くことができます。このコンソーシアムは、異なる国や地域間でのベストプラクティスや経験の情報交換を促し、低中所得国での満たされていないニーズの評価能力の開発に役立つことが期待されます。その結果、満たされていないニーズに関する、異なる場所や時期のデータの比較可能性が向上することが期待され、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ達成に向けた進捗をより正確にモニタリングできるようになります。

地元関西にとっての意義

リサーチコンソーシアムは、関西地方の研究者や研究機関が、国際的なネットワークを拡充し、地域での保健分野における優先課題に関する国際的な研究構想に貢献する機会となります。また、コンソーシアムに集約されたリソースは、地元の研究や政策にも役立つと考えられます。

関西地域に有意義な日本の高齢者にみる医療支出および未充足のケアニーズがもたらす経済的困窮に関する家計調査分析

背景

医療費の直接支払いによる経済的困難からの保護は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ (UHC) の重要な要素です。 人口高齢化の状況下で貧困を防ぎ、医療へのアクセスを改善するためのより良い政策を立案するには、一定の水準を超えた医療支出の原因、規模、影響をよく理解する必要があります。 国民の健康指標と医療システムにおいて最高水準に達成している日本でも、人口の高齢化はUHCに向けた進歩を維持する上で大きな課題となっています。急速に増加する日本の高齢者にとって、医療の利用による経済的困窮や医療へのアクセスに対する経済的障壁がどの程度の問題であるかについては、ほとんど知られていません。 また、地方や地域でのその影響の差異についてはほとんど分かっていません。 日本の経験は、高齢者のニーズを満たすUHCを発展させるために有益な教訓を生む可能性があります。

目標

総世帯消費額の10%を超える医療費の自己負担による経済的困難と、未充足のケアニーズの両方に関する日本の高齢者における現状、および関西地域に見られる傾向を理解すること。

研究手法

  1. 日本家計パネル調査(2004年~2020年)および全国高齢者調査(2002年~2021年)の二次分析により、家計消費総額の10%を超える医療費の自己負担による経済的困難の程度と、高齢者の満たされない医療・介護ニーズを評価した。
  2. 関連する専門家および関西地域の主要な関係者と協議し、研究結果を文脈化するために、公開されている医療統計を分析する。

結果

日本家計パネル調査のデータ分析により、

  • サンプル全体では、2004 年から 2020 年にかけて、総世帯消費額の 10% を超える自己負担の医療費の発生率は比較的安定しており、ほとんどが 8.0% ~ 10.0% の範囲で、2007 年の 12.4% でピークに達しました。 発生率は、65歳以上の高齢者がいる世帯(10.9%から22.9%の範囲)の方が、64歳以下の若年者のみがいる世帯(5.2%から9.9%の範囲)よりも高い傾向にありました。 しかし、同じ期間中、医療の受診放棄による未充足のケアニーズの自己申告発生率は、高齢者(1.8%~8.6%の範囲)よりも若年者(6.2%~15.5%の範囲)で一貫して高い傾向がみられました。 
  • 総世帯消費額の 10% を超える医療支出が家計に与える影響は、世帯の年齢構成によって異なりました。 高額な医療支出が翌年の他の種類の支出に及ぼす影響を扱う統計モデルによると、高齢者がいる世帯は、高額な医療支出の翌年には、若年者だけの世帯よりも食費や社会活動への支出が減少したことが示されました。若年者だけの世帯では、代わりに教育への支出が削減される傾向がありました。 また、若年者のみの世帯では高額な医療費負担が発生した翌年に収入が減少する一方、高齢者のいる世帯ではそのような影響が見られないことも判明しました。
  • 年齢と未充足の医療ニーズを経験する確率との間には U 字型の関係が観察され、その確率は 55-60 歳で最も低く、それに比べてより若いまたはより高齢になるほど徐々に高くなりました。

60歳以上を対象とした全国高齢者基礎調査の第6波(2002年)から第10波(2021年)までのデータの統合分析から、

  • 日常生活動作の制限があることを報告した人のうち、15.5% が非公式および公式的なケアやサポートが不足していると報告し、62.5% が介護保険 (LTC) サービスを受ける資格を認定されていませんでした。
  • 教育水準による介護保険サービス利用の不公平は、特に女性と80歳以上で観察されました。年齢、性別、健康状態、機能状態に基づく必要度を考慮しても、高学歴者ほど介護保険サービスを利用する傾向がありました。

関西地方と兵庫県のサブ分析によると、

  • 関西地方では、医療費の自己負担が世帯消費額の10%を超えている割合は全世帯の7%で、他の地域に比べて低い傾向がありました。 高齢者がいる世帯といない世帯を比較しても、その割合は他の地域よりも低い傾向があります(それぞれ約11%と5%)。
  • 自己申告による未充足の医療ニーズの割合は、全年齢の成人で約 4% で、他の地域と比較して中位に位置しました。 他の地域と比べて、64 歳以下の人における割合は低く (約 5%)、65 歳以上の人における割合は高い傾向がありました (約 2%)。
  • 死亡率と障害に関する公的に報告されたデータに基づくと、兵庫県の人口全体の健康状態は過去 30 年間で改善しましたが、高齢化により非感染性疾患の負担が増加しています。

世界的な示唆

経済的保護の指標としての医療費自己負担の解釈と分析では、世帯の年齢構成による違いを考慮する必要があります。 本研究からは、総世帯消費額の 10% を超える自己負担の医療支出は高齢者のいる世帯でより一般的である可能性がある一方で、それによる経済的影響は、雇用ベースの収入に依存している(つまり健康状態が収入減に影響する)若い世帯の方が大きい可能性があることを示唆しています。 逆に、高齢者のいる世帯は、収入源(年金給付など)が健康状態の影響を受けず、貯蓄が多い傾向にあるため、高額な医療支出に対してより耐性がある可能性があります。 さらに、医療支出は医療サービスの利用からのみ生じるため、自己負担の医療支出のレベルに加えて、受診放棄による未充足の医療ニーズの程度を評価することが重要です。 本研究では、55-60歳のグループより若い人もそれより年上の人も、おそらく異なる理由により未充足の医療ニーズが高いことが分かりました。 若い人は症状が軽いことやケアを求める機会コストを理由にケアを控える可能性がありますが、高齢者は複数の慢性疾患のケアに高額な費用がかかることやケアへの物理的なアクセスの難しさを理由にケアを控える可能性があります。したがって、彼らのさまざまなニーズをより正確に理解し、それに対応するには医療における未充足のニーズとケアを放棄する理由に関する年齢別のデータが不可欠です。

地元関西への示唆

兵庫県は、住民の健康指標、医療費の自己負担額、未充足の医療ニーズの点で他の多くの県と比べて優れていますが、利用可能な保健統計によると、高齢化の傾向に伴い非感染性疾患の負担が増加しています。住民の喫煙、不健康な食事、運動不足などの行動リスクや、高血圧、高血糖、高コレステロール血症などの代謝リスクを軽減するには、継続的な努力が求められます。世帯の医療支出、家計への影響、未充足の医療ニーズのモニタリングも重要となります。

高齢者の医療・社会的ケアにおける未充足のニーズを定量化するための多国間にわたる横断研究および縦断研究

背景

世界的な人口高齢化の傾向が続く中、高齢者の医療ならびに社会的ケアにかかわる満たされていないニーズを定義および測定することは、持続可能な開発目標(SDG)3.8、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、 そしてWHOの第13次総合事業計画の進捗と達成を評価する上で重要な要素になります。しかし、国際的な課題として、高齢者の医療・社会的ケアのニーズ(必要性)を測定するための標準的な指標が合意されていないこと、またそれに関する良質なデータが多くの国で非常に限られているか、存在すらしないことが挙げられます。ケア・ニーズが満たされていない、または必要なケアを諦めなければいけない人々がいる限り、UHCの目標を達成することはできません。しかし、高齢者の未充足のニーズの定義が標準化されていないことや、それを評価するためのデータが不足していることも影響して、この問題がどの程度深刻であるかについては、UHCの段階的な達成に向けて大きく前進している国でさえ、まだ明らかにできていません。

目標
  • 需要と供給の両面を考慮するシステム理論に立脚して、理論とデータの双方にもとづき、高齢者の医療・社会的ケアの満たされていないニーズの分析モデルを構築する。
    異なるWHO地域にわたる複数の国に既存の全国レベルの健康調査データを上記分析モデルに応用し、高齢者の満たされていないケア・ニーズを実証的に推計する。
研究手法
  • 医療サービスのカバレッジ(適用範囲)とアクセスに関する既存の理論モデル(タナハシ・モデルやレベスク・モデルなど)に加え、WHO神戸センターが支援する研究を通じて開発されている、特に高齢者のサービス・カバレッジの公平性に考慮した統合モデルに基づいて、高齢者の満たされていないケア・ニーズの包括的な分析モデルを構築する。
  • 分析モデルを検証するのに適したデータを様々な地域や所得レベルの国々において特定し、特に低中所得国に関しては、当地の研究者と協力して、データの調和や分析を行う。
  • 既存のガイドラインおよび先行研究に基づいた統計手法を適用して分析モデルを検証し、高齢者の未充足のニーズを定量化するための複合指標を作成する。
  • マルチレベル回帰分析を適用して、未充足のニーズに影響を与える個人、集団・地域、およびシステムレベルでの素因、促進要因、およびニーズ要因を分析する。
研究結果
  1. 高齢者に対するヘルスケアの未充足ニーズおよび社会的ケアの未充足ニーズの発生率の推定値は、2001年から2019年の間に実施された83の低・中・高所得国を対象とした17件の保健医療調査、社会調査、経済調査から得られたデータの二次解析によって算出されました。(注:2019 年に欧州の29か国を対象に実施された欧州健康面接調査 (EHIS) ウェーブ 3 の追加分析が2023 年に実施されました。この分析の方法と結果は別途報告されています。以下に掲載のTechnical NotesおよびEvidence Summaryを参照してください。)
  2. さまざまな調査の分析をとおして、未充足ニーズの測定に関連する質問の文言と回答のカテゴリには大きなばらつきが見られることがわかりました。
  3. 自己申告による未充足ニーズに関する直接的な質問への回答によると、60歳以上の成人の未充足のヘルスケアニーズは、一部の国では2%未満の低レベルから、他の国々では50%を大幅に上回る高レベルまで、最新の推定値には開きがみられました。同様に社会的ケアの未充足ニーズの推定値も、国により4%未満から40%以上と幅のある結果となりました。縦断データが入手できた数ヶ国では、未充足のヘルスケアニーズの増加傾向と減少傾向の双方が見て取れます。 また、UHCに関するサービスカバレッジの指標スコアが高い国では高齢者の未充足ニーズの割合が一般的に低いという、統計的に有意な相関関係が観察されました。 
  4. 医療・社会的ケアにおける未充足ニーズをより正確に定量化するために、分析的アプローチに有用な理論モデルを用いながら、実際のデータにもとづいて高齢者の保健医療に対する未充足ニーズの潜在分析も実施しました。 その結果得られた各統計モデルからは、保健医療の未充足ニーズについて各国固有の構造があることが示唆されました。一方で、これらのモデルを統合して、高齢者における保健医療に対する未充足ニーズの普遍的な構造を明らかにすることはできませんでした。

世界的な示唆

医療・社会的ケアの未充足ニーズに関して合意された定義および標準化された調査質問があれば、現在の未充足ニーズの発生率の推定値に、また、環境や時代を超えての推定値の比較可能性においても、改善や向上が期待されます。 保健医療の未充足ニーズの次元や決定要因など、その構造については、各国の社会状況や保健医療制度の強い影響を受け、各国に固有のものと考えられます。 したがって、標準化を試みる前に、未充足ニーズの多因子性を包括的に捉える定義やそれに見合った手法を用いた測定に取り組む必要があります。未充足ニーズの評価をユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けた進捗のモニタリングに取り入れるためには、その定義と測定において一層の進展が求められます。

地元関西にとっての意義

本研究では、高齢者の医療・社会的ケアに対する未充足ニーズを測定するために世界各地の調査で実際用いられている質問手法を複数特定しました。これらの手法は、各地で実施する調査に適合させて用いることが可能であり、また、各地の状況を考慮して未充足ニーズをいかに測定すべきかを検討する際にも役立つと考えられます。この研究により得られた未充足ニーズ発生率の推定値は、関西地域で導出される高齢者の医療・社会的ケアにおける未充足ニーズの推定値に対して、比較データとしても有用です。


成果物

WHO報告書

査読付き論文

  • Kowal P, Corso B, Anindya K et al. Prevalence of unmet health care need in older adults in 83 countries: measuring progressing towards universal health coverage in the context of global population ageing. Popul Health Metrics. 2023;21:15. https://doi.org/10.1186/s12963-023-00308-8
  • Corso B, Anindya K, Ng N, Minicuci N, Rosenberg M, Kowal P, Byles J. Unmet need for older adults in low-, middle- and high-income countries – lessons in theoretical and analytical model building for monitoring universal health coverage (投稿準備中).

テクニカルノート(英語版のみ)

  • Technical Notes: Unmet needs direct survey question analysis - PDF download
  • Technical Notes: Unmet social care needs direct survey question analysis - PDF download
  • Technical Notes: Prevalence of and reasons for unmet needs for health and social care in the European region - PDF download

ワーキングペーパー(英語版のみ)

  • Working paper: Prevalence of unmet health care need in older adults in 83 countries - PDF download 
  • Working paper: Measuring unmet need for older adults: theoretical and analytical model building - PDF download

エビデンスサマリー(英語版のみ)

  • Evidence summary: Inequality in unmet healthcare and social care needs in Europe - PDF download

ベトナムの高齢者に対する経済的保護に関する評価

背景

世界的に、自己負担が保健医療に与える影響に関する研究は、世帯の保健医療支出に関する国レベルのデータに基づいて実施される傾向にありますが、国レベルのデータでは、高齢者などのサブグループに見られる保健医療の利用や支出のばらつきが軽視されがちです。一般に、加齢にともなって、慢性疾患や複数の疾患を有する割合が増え、それにより保健医療も必要になることから、自己負担が高額になるリスクも高まります。

ベトナムでは急速に高齢化が進んでいます。複数の研究から、高齢者を抱える世帯は莫大な保健医療費に苦しむ可能性が高まると示唆されています。しかし、どのようなサービスに支出されているのか、またその医療費負担に対して各世帯がどのような財政的対策を講じているのかを調べるのに必要な保健医療費支出の内訳に関するデータが不足しているのが実情です。

目標

高齢人口を抱える世帯における保健医療費の内訳を調査すること、および、保健医療に関する既存の経済的保護政策において埋めるべきギャップを特定すること。

研究手法

  1. 既存の経済的保護政策に関する机上レビューと分析。
  2. 政策立案者、医療管理者、医療提供者、高齢者を対象とした20件の綿密な聞き取り調査および28件のフォーカスグループディスカッションにより、高齢者に適用される現行の経済的保護政策に関する理解を深め、解決策となり得る政策との間に考えられるギャップを特定する。
  3. ベトナム北部、中部、南部を代表する3つの省における、認知機能が良好な60歳以上の1,536人を対象とする医療費と関連要因についてのデータ収集を目的とした多段クラスター抽出法による世帯調査の実施。
  4. 高齢者の医療介護の利用パターン、高齢者ケアの自己負担(OOP)費用の内訳、医療費の自己負担による財政負担、および、財政的対処戦略を説明するための統計分析。
  5. グランデッド・セオリー・アプローチを用いた定性的データ分析。

研究結果

  • 文献レビューおよび政策立案者とのフォーカスグループディスカッションにより、既存の経済的保護政策に関する限界がいくつか特定されました。具体的には、社会扶助給付の水準や社会的ケアサービスの補償範囲が不十分であること、また、自営業者や低所得高齢者にみられる健康保険適用範囲のギャップがあげられます。
  • 聞き取り調査を行った1,536人のうち82.4%の高齢者が、過去4週間に、急性疾患、外傷、慢性疾患などの健康上の問題があったと報告しました。調査対象者が報告した疾患エピソード総数は2,355例でした。
  • サンプリングの対象となった高齢者のほぼすべて(95%)が健康保険に加入していました。これは国民全体の報告値(2019年:88.1%)を上回る結果を示しています。それにもかかわらず、健康障害の発症時には30%以上が受療せず、ひいては、セルフメディケーションのためのOOP支出をともなう結果となっています(保健医療必要者1人あたり月平均26.7米ドル)。受療した70%の高齢者のうち、93%は外来治療を受けていました。このうち60.4%がOOP支出をともなっていました(平均月額35.6米ドル)。外来治療でのOOP支出の大部分は医薬品に関連するものでした。
  • 受療した70%の対象者のうち、7%(n=115人)が入院治療を受けていました。そのほとんど(79.6%)がOOP支出を伴っており、保健医療ニーズのある1人あたりの平均月額は188.7米ドルに達し、高齢者のいる世帯の平均月収144.6米ドルを上回っていました1。入院治療のためのOOP支出は、主に、自己負担分、保険適用外の医薬品購入、また、地域により多少の違いはありますが、入院に伴う非医療費(交通費、食費など)に関連するものでした。
  • 過去12ヶ月間に、自宅または施設で介護サービスを利用したと報告した高齢者はわずか3.5%(n=55人)であり、そのほとんど(60%)がOOP支出を伴っていました(1人あたり平均月額95.2米ドル)。
  • 高齢者のいる調査対象世帯の約8.6%では、食費以外の支出の40%以上を、介護を含む保健医療のOOP支出に充てていました。このOOP支出のほとんどは、世帯の高齢者のケアに関するものでした。食費以外の支出の40%以上をOOP支出に費やす世帯の割合をみると、非感染性疾患を患う高齢者のいる世帯では、自己申告による健康な高齢者のみを含む世帯の3倍にのぼっていました。
  • 調査対象世帯の約12.2%では、高齢者のケアにかかるOOP支出をまかなうための財政的対策を必要としており、親戚や友人から資金を借り入れたり(31%)、個人や業者から融資を受けたり(25%)、財産を売却したり(4%)、その他、貯蓄を切り崩したり(39%)していました。

世界にとっての意義

脆弱なサブグループ(高齢者の年齢層別、慢性疾患別など)ごとに、保健医療の利用と支出に関するデータを分けることで、集団におけるOOP支出の要因を細かく把握できるようになり、これにより経済的保護政策に役立つ情報が得られます。世界的に、とりわけ急速に高齢化する人口を考慮すると、高齢者または慢性的なケアを必要とする人のいる世帯に対する政策と医療補助に関する分析は、保健医療関連の経済的保護の研究における優先事項であると考えられます。このような研究は、経済的保護の公平性の実現に向けて、適切な保健医療政策と介入プログラムを立案するのに役立つことが期待されます。

地元関西にとっての意義

保健医療や継続的なケアに対する支出に関する都道府県や市町村レベルのデータでは、高齢者のいる世帯がOOP支出によって経済的に困窮しているかどうかを判断するのに必要な情報は得られません。そのようなデータを得るには、特別な調査が必要となる場合があります。この種のデータは、保健医療の利用による経済的困窮の軽減、受診控えの改善に向けた政策の有効性を地域の高齢者集団で評価するのに役立つことが期待されます。必要とされるデータを得るために、WKCは、関西地域の高齢者における保健医療関連の経済的保護政策の確実な実現に向けた課題の把握を目的として、既存の国民世帯調査を解析し医療ソーシャルワーカーなどへの聞き取り調査を実施しています。

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1 OOP分布の分析では、他の高齢者の医療費と比較して治療費が高額すぎるために外れ値とみなす癌・手術の症例が除外されていることに注意。

 

 

 

ミャンマーとマレーシアの高齢者向けに改良と検証を加えた健康モニタリングツール

 

 

背景

マレーシアとミャンマーでは、現在のところ高齢者が全人口に対して占める割合は大きくありません。両国において、この割合は今後30年間で倍増すると予測されており、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC) の推進は大きな意義を有しています。例えば、人口の高齢化にともない、慢性疾患や併存疾患を効果的に管理する保健医療制度のキャパシティが必要になると考えられます。高齢者における保健医療・社会的サービスのニーズやカバレッジに関する情報は、高齢者のニーズによりよく対応するための保健医療制度開発に有益です。本研究の目的は、マレーシアとミャンマーの高齢者の健康と機能の状態の測定・モニタリングに役立てるため、日本老年学的評価研究(JAGES)の調査ツールを適用することです。

目標

マレーシアとミャンマーの高齢者を対象に健康と機能の状態および健康格差の測定に用いることを目的とした、JAGES調査ツールの改良および検証。

研究方法

  • 調査票の改良と検証:マレーシアでは、英語版のJAGES調査票をマレーシア語に翻訳し、都市部クアラルンプールのプライマリケア診療所を訪れた高齢者30名を対象に予備試験を行いました。ミャンマーでは、同じく調査票をミャンマー語に翻訳し、ヤンゴン地域の高齢者20名を対象に予備試験を行いました。予備試験の結果をもとに、両国の高齢者を対象に使用する際の言語的・文化的な適切さと実用性に考慮して調査票を修正しました。
  • サンプリング:次に、それぞれに改良した調査票を用いて、マレーシアとミャンマーの高齢者を対象とした調査を実施しました。多段無作為クラスター抽出法により、マレーシアではセランゴール州フルランガット地区およびクアラセランゴール地区、また、ミャンマーにおいてはヤンゴン地域およびバゴー地域で、60歳以上の高齢者を代表するサンプルを抽出しました。
  • 調査の実施:研修を受けた調査員が高齢者宅を訪問し、対面で調査を実施しました。重度の身体障害や認知障害がある人は除外しました。インフォームドコンセントを得た後、身体的な健康や機能、精神的な健康、ヘルスケアの利用、社会/地域との関わりなど幅広いテーマについて聞き取り調査を行いました。血圧、体重、身長、握力などについては実測を行いました。聞き取り調査の所要時間は1人あたり約45分でした。データの収集は、マレーシアでは2018年12月~2020年4月に、ミャンマーでは2018年9月~12月に実施されました。

研究結果

  1. 表面的妥当性と内容的妥当性:JAGES調査票の質問と回答の選択肢のうちいくつか、例えば、対象者が利用可能なヘルスケアサービスや高齢者で一般的な社会活動に関する記述には、地域の状況に適した修正が施されました。
  2. 合計2404人の高齢者(マレーシア1204人、ミャンマー1200人)からデータを収集し、聞き取り調査対象者のうち調査完了の割合は100%に達しました。
  3. 調査結果:マレーシアでの調査結果によると、回答者の多く(74.5%)が複数の慢性疾患の診断を受けていました。回答者の過半数が受診控えを報告しており、女性、および、主観的体調不良や歩行障害のある回答者は、受診をより控える傾向にあることがわかりました。ミャンマーでの調査結果は、年齢などの要因を統制したところ、女性は男性に比べ、健康状態や機能レベルが低い傾向にあることを示しています。また、低体重は農村部に多い一方、引きこもりは都市部に多いなど、リスク要因には地域差が認められました。

世界的な示唆

急速に高齢化が進む多くの低・中所得国では、高齢者の保健医療・社会的サービスのニーズや利用に関するデータ収集においては、使用可能な検証済みの調査ツールの不足が指摘されます。他国に既存の調査ツールを改良し検証することにより有用な代替ツールが得られ、他国との比較対照データの提供も可能になります。また、このようなアプローチは、高齢者の健康に関して喫緊に必要とされる地域ごとのデータに加え、高齢者の保健医療のニーズやサービスカバレッジに関する比較可能なデータについて、世界規模の実証基盤の整備に貢献することが期待されます。

地元関西にとっての意義

保健医療・社会的ケアのサービス提供に関しては、関西の自治体間の比較に利用可能な行政指標やデータベースは、いくつかの広域レベルのものに限られています。既存の調査研究計画への参加により補完的な情報の取得が可能になります。最近まで、JAGES参画の関西自治体は、2010~2011年の調査から参加している神戸市だけでした。しかし、2019~2020年に実施された最新のJAGES調査には、他にも関西の9つの自治体が参加しています。これらの自治体は、調査結果やデータの様々なアプリケーションを比較して地域の政策やプログラムの開発に役立てることができます。また、関西の他の自治体の政策立案にあたり、研究データ活用の促進につながると考えられます。

 

出版物

Shah, S.A., Rosenberg, M., Ahmad, D. et al. Prevalence and determinants of unmet needs for hypertension care among the older population in Selangor: cross-sectional study. Health Res Policy Sys 20 (Suppl 1), 127 (2022). https://doi.org/10.1186/s12961-022-00915-1

Nozaki, I., Shobugawa, Y., Sasaki, Y. et al. Unmet needs for hypertension diagnosis among older adults in Myanmar: secondary analysis of a multistage sampling study. Health Res Policy Sys 20 (Suppl 1), 114 (2022). https://doi.org/10.1186/s12961-022-00918-y

Shah SA, Safian N, Ahmad S, Nurumal SR, Mohammad Z, Mansor J, Wan Ibadullah WAH, Shobugawa Y, Rosenberg M. Unmet health care needs among older Malaysians. J Multidiscip Healthc. 2021;14:2931–2940. doi: 10.2147/JMDH.S326209. eCollection 2021.

Shah SA, Safian N, Ahmad S, Wan Ibadullah WAH, Mohammad ZB, Nurumal SR, et al. Factors associated with happiness among Malaysian elderly. Int J Environ Res Public Health 2021;18:3831. https://doi.org/10.3390/ijerph18073831 

Sasaki Y, Shobugawa Y, Nozaki I, Takagi D, Nagamine Y, Funato M, et al. Rural–urban differences in the factors affecting depressive symptoms among older adults of two regions in Myanmar. Int J Environ Res Public Health 2021;18:2818. https://doi.org/10.3390/ijerph18062818

Safian N, Shah SA, Mansor J, et al. Factors associated with the need for assistance among the elderly in Malaysia. Int J Environ Res Public Health 2021;18:730. doi: 10.3390/ijerph18020730

Win HH, Nyunt TW, Lwin KT, et al. Cohort profile: healthy and active ageing in Myanmar (JAGES in Myanmar 2018): a prospective population-based cohort study of the long-term care risks and health status of older adults in Myanmar. BMJ Open 2020;10:e042877. doi: 10.1136/bmjopen-2020-042877