災害・健康危機管理

地震、津波、台風、洪水などの自然災害は、各国の保健・社会システムに多大な影響を及ぼします。災害に備えるため、また、災害発生時、復旧・復興時に適切に対応するためには、科学的エビデンスの構築が重要です。自然災害に対する健康危機管理に関する研究を通じて、各自治体、地域、国レベルでの健康危機管理に貢献していきます。

 

WHO神戸センターの重点分野

災害・健康危機管理に関するWHO神戸センターの研究は次の3つの分野に重点を置いています。

  • 自然災害が生存者・被災者に与える心理社会的影響

自然災害が生存者・被災者に与える心理社会的影響は、特に被災者の長期的アウトカムの観点から、重要なテーマの一つです。WHO神戸センターは災害研究の第一線の専門家と協力しながら、より良い災害後のメンタルヘルス管理に必要な知識ギャップや、対策の特定に取り組んでいます。

  • 災害後の健康データ管理の革新

国レベル、地方レベルでの危機対応を最適化していくためには、災害後の健康データ管理の革新 が必要です。WHO神戸センターは、世界各国の研究者と連携しながら、新たに標準化された災害後のデータ収集法について評価研究を行い、将来の政策に応用していきます。

  • 災害・危機管理に災害弱者の視点を包摂すること

災害・危機管理に災害弱者の視点を包摂すること は、自然災害後の公平性とレジリエンスを実現するために不可欠です。WHO神戸センターは世界各国の研究者と協力し、高齢者や障害者などの災害弱者のための効果的で実行可能な災害・健康危機管理戦略を立案していきます。

 

なぜこの研究なのか?

これらの研究を通じて、国や地方の災害・健康危機管理能力の強化、地域社会のレジリエンスの向上に貢献していきます。

 

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災害・健康危機管理の研究手法に関するWHOガイダンス

背景

防災の重要な側面として保健医療がますます認識されるようになり、その結果、災害・健康危機管理(Health-EDRM)が近年、研究、政策、実践における重要な領域となってきています。WHO第13次総合事業計画(GPW13)、仙台防災枠組み2015-2030、持続可能な開発目標(SDGs)、国際保健規則(IHR)などの世界規模の枠組みでは、災害等の危機による健康への影響の低減や、強靭な保健制度の確立を目指して、健康に関する目標や目的、指標が設けられています。このため、災害や緊急事態発生時の健康危機管理には、実現可能な最良のエビデンスに裏打ちされた政策と行動が重要になります。しかし、Health-EDRM分野では研究が全般的に不足しており、基盤となるエビデンスは非常に限られています。これを補おうと、WHO災害・健康危機管理に関するグローバルリサーチネットワーク(TPRN)が、Health-EDRM分野の研究方法を記載したガイダンスの作成を開始しました。

 

方法
2018年10月、WHO神戸センターは、TPRNやその他の主要な研究機関等から第一線の専門家を集め、Health-EDRM研究における重要なニーズを同定する専門家会合を開催しました。会議では、5つの優先研究課題の1つとして「研究の方法と倫理」が同定され、研究方法に関する手引書を喫緊に整備して、Health-EDRMの研究と倫理に関する重要課題に取り組む必要があることが議論されました。特に、Health-EDRM研究が世界共通の用語と協調する必要性や、倫理的審査のプロセスをスムーズかつ迅速に進める仕組み、研究アイディア創出や研究成果の評価への被災地域の当事者をはじめとした様々な関係者の参画促進、統一見解などの参考資料の整備などが課題として挙げられます。

 

成果
Health-EDRMの研究手法に関するWHOガイダンスは17カ国92名により執筆される41節からなり、内容はHealth-EDRM分野の多岐にわたっています。本書は、導入、問題の同定と理解、問題の評価とスコーピングスタディの立案、研究デザイン、研究のプロセスと利点に関する特別章、研究者になるための手引き、の全6章からなっています。また、幅広いケーススタディを紹介しており一国での事例が26件、多国間または世界的な事例が33件含まれています。Health-EDRM分野の第一線の専門家6名が編集を担当しており、21か国59名のピアレビュアーによる査読を受けることになっています。2020年にWHO神戸センターのウェブサイトで、オープンアクセスで公開される予定です。

 

展望
Health-EDRMの研究手法に関するWHOガイダンスは、Health-EDRM研究を強化・促進し、政策と実践に役立つエビデンスの構築に寄与すると考えられます。本書は、Health-EDRM分野の医療従事者、学術界、政府機関や関係省庁、国際機関、地域団体や市民社会団体など、幅広い関係者にとって大いに役立つでしょう。

WHO災害・健康危機管理に関するグローバルリサーチネットワーク(TPRN)

背景

防災の中心的要素としての保健医療への認識の高まりにより、救急・災害医療、防災、人道的対応、地域社会の強靭化、保健医療制度の強靭化などを含む、災害・健康危機管理という概念の発展が促進されました。仙台防災枠組2015-2030を受けて、世界保健機関(WHO)は、「WHO災害・健康危機管理に関するグローバルリサーチネットワーク(TPRN)」を設立しました。TPRNは、災害・健康危機管理の研究を強化し、災害・健康危機管理分野の知識とエビデンスを高めることを目的としています。TPRNは、WHO加盟国がWHOの優先事項を設定・承認し、実現されるべき目標を定め、その達成を監視するための重要なツールであるWHOの第13次総合事業計画2019-2023年(GPW13)に沿ったものです。GPW13は、3つの戦略的優先事項に基づいて構成されており、そのうち1つは特に健康危機に対応するものであり、伝染病の蔓延や災害などの健康危機から人々を守る強靭な保健医療制度の構築と維持を目指すものです。

方法
TPRNは、コアグループ(代表者会議)、参加者および情報共有ネットワークで構成されます。コアグループには、本部および全ての地域事務局のWHO代表者、事務局(WHO神戸センター)ならびにその他の外部の主要な専門家が含まれます。コアグループは、TPRNの発展を促進し、その活動を調整します。
参加者は、1つまたは複数の研究テーマグループに積極的に参加することにより、災害・健康危機管理の知識と科学的エビデンスの更新に貢献するグローバルな専門家で構成されています。情報共有ネットワークは、WHOの公式会合や刊行物、研究費に関する情報やTPRNからの情報の更新を伝えるTPRN事務局からの定期的なニュースレターを受け取るメンバーです。WHO神戸センターは2019年からTPRNの事務局を務めています。

 

成果
TPRN約款(1)とその実施計画(2)は、それぞれ2018年と2019年に策定されました。TPRNとその他の主要パートナーから集まった第一線の専門家は、2018年にWHO神戸センターが招集した会合を通じて、研究を行う5つの優先分野を特定しました。5つの分野の内訳は、保健医療データ管理、精神保健・心理社会的支援、災害弱者を含む様々な集団の特定の健康ニーズへの対処、保健医療従事者の育成、研究手法と倫理です。専門家の会合とその成果の詳細な説明は、一連の論文(3〜6)およびWHO神戸センターのウェブサイトのプロジェクトページ(7)で発表されました。2019年、WHO神戸センターは1番目から4番目の優先分野に対処する災害・健康危機管理に関する最初の研究公募を始めました。一方、現在行われている災害・健康危機管理のための研究手法に関するWHOガイダンスは、5番目の研究の優先事項に特に取り組んでいます。また、WHOは、災害・健康危機管理の研究、方針および実践に対するTPRNの貢献を最大化する、WHO災害・健康危機管理枠組みを発表しています。

 

展望
TPRNは、情報を交換し、意見を共有し、災害・健康危機管理の研究とエビデンスについてWHOに助言するための、国際的で学際的なマルチステークホルダーのプラットフォームとして機能します。TPRNは、災害・健康危機管理に関する科学的・技術的作業を強化し、国際的な災害・健康危機管理の研究アジェンダに影響を与え、より広い防災コミュニティの中で健康に関するインプットを増やすことを提唱するために、様々な関係者の間の提携を促進します。

 

関連記事

WKCフォーラム「健康・災害リスク管理における科学的進歩へのグローバルな取り組み」2018年10月:“Scientific Evidence in Health-EDRM” 

 

災害後の人々の健康維持・回復に向けた ケア戦略の開発

背景

自然災害は大規模化し、かつ頻発に発生しており、災害への備えとして災害リスクとその影響の低減に関する検討が必要とされています。特に高齢者は、被災後、慢性疾患の悪化や心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病の合併など、身体的・精神的脆弱性を有します。また、医療および社会サービス提供者は、被災後の対応において高いストレス下での職務継続が求められるため、PTSDやうつ病の予防措置についての検討が必要です。

本研究事業は2つの研究により構成されており、日本国内で18万人以上が被災した2016年の熊本地震を背景に実施されました。 1つめの研究は、震源に近く最も深刻な被害を受けた地域のひとつであるX町において、高齢者のニーズおよび健康状態を特定することを目的として実施されました。 2つめの研究では、熊本地震で被災した医療および社会サービス提供者を対象に実施した2日間の療養プログラムの効果について評価しました。プログラムには、心理教育の介入、個人およびグループでのカウンセリング、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病を予防するために設計された小グループの心理療法が盛り込まれました。

目標

  1. 2016年の熊本地震により被災した65歳以上の人々の健康状態、生活の質、介護の必要性、生活の変化について評価する。
  2. 災害の影響を受けた医療および社会サービス提供者を対象に治療的介入プログラムを実施し、その実現可能性、関連性、受容性、およびPTSDとうつ病の予防に対する効果を評価する。

研究手法

  1. 熊本地震の3年後、X町の65歳以上の全住民9,215人に調査票を送付し、災害の影響(例:家屋の被害、家計への影響、避難要件)、災害後の生活の変化(例:食習慣、日常活動、社会活動、災害前後の健康ニーズの変化(例:長期介護、短縮版のSF-8bによる健康関連の生活の質(HRQoL)の測定)など、社会人口統計学的特性に関する情報の収集。
  2. 医療および社会サービス提供者254人を対象とした2日間の治療プログラムの効果について、自己報告型アンケート(抑うつ状態自己評価尺度:CES-D、SF-8、トラウマ反応を評価する質問紙: a sheet of dynamic change for trauma response (DCTR))を用い、介入前、介入後1か月、3か月、6か月にわたり実施した調査に関する評価。

研究結果

合計3,692人の高齢被災者(対象参加者の40%)から調査票への回答が得られました。回答者の30%は、地震後に外出や社交の頻度が減少したと報告しています。地震の3年後には長期介護や支援の必要性が高まり、回答者の7%により必要な介護や支援についてレベルの低下が観察されています。また、回答者のHRQoLスコアは全国基準と比較して低く、身体機能では男性で48.2対49、女性で46.4対49.3、心の健康においては男性で49.3対51.3、女性で47.6対50.7という結果でした。

治療介入プログラムに参加した254人のうち、92.5%が看護師でした。調査開始時と介入後6か月の間に、PTSDのレベルは39%から19%に低下(p <0.01)、CES-D平均スコアは22.8から22.3に低下しました(p <0.05)。また、DCTRの平均スコアは8.3から-2.4に低下しました(p <0.01)。一方で、HRQoLの変化は統計的に有意ではありませんでした。平均的な身体機能スコアは43.5から41.1(p> 0.05)に減少しましたが、心の健康に関する平均的スコアは40.9から42.6(p> 0.05)に増加しました。

意義

熊本地震の高齢生存者のサンプルでは、HRQoLのレベルが低く、地震から3年後に介護や支援の必要性が高まったことが見て取れます。 PTSDを有する医療および社会サービス提供者の割合は介入後に半減しました。ただし、比較可能な対照グループに欠けることから、この治療的介入の有効性の評価には限界があると考えられます。
 

 

災害後の中長期的心理社会的影響に関する研究

自然災害の発生頻度と被害はここ数十年増加傾向にあり、人口増加や高齢化など人口動態の変化や、経済発展に伴う都市の無計画な成長などがその被害を深刻化させています。防災における保健・健康の重要性は2015年に仙台で開催された第3回国連防災世界会議の成果文書「仙台防災枠組2015-2030」でも大きく取り上げられ、保健・健康に関する科学的エビデンスの構築が必要と訴えています。また、防災対策を論じる上で災害への備えや急性期対応に焦点が置かれる傾向があり、中長期的な心理社会的影響や、被災者のニーズ、実際の介入策に関するエビデンスが不足しています。

 

研究概要

本研究ではWHO神戸センターが国立精神・神経医療研究センター(主導研究施設)と協力し、兵庫県こころのケアセンター、日本の専門家ワーキンググループ(21名の有識者によって構成)と連携しながら、心理社会的影響に着目して、日本の防災に関する知見を集約します。

研究骨子

  1. 過去の主要災害のニーズに基づいた災害精神保健分野の政策的・社会的イノベーションに関するレビュー論文作成(執筆者:兵庫県こころのケアセンター 加藤寛所長)
  2. 被災者の中長期的なメンタルヘルス・マネジメント向上に必要とされる知識ギャップや政策に関する専門家会議(WHO神戸センター専門家ワーキンググループ)
  3. 国際的な研究ギャップに関するシステマティック・レビュー
  4. 日本の研究者、行政職員、NGO、地域活動の関係者に対する全国調査
  5. 上記の統合と知見の集約

 

目的

被災者の中長期的な心理社会的影響に関する知識・対策の主要なギャップを明らかにする
災害後の中長期的な心理社会的影響のマネジメントに関するエビデンスに基づいた政策オプションを提示する
災害・健康危機管理に関する科学的エビデンスを日本から世界へ発信する