
満たされていないヘルスケア・ニーズの測定は世界的なUHCモニタリングの向上に役立てる:BMJ誌に論文を発表
健康と福祉に関する持続可能な開発目標(SDGs)における12のターゲットの1つであるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成に向けて各国が取り組みを重ねる中、その進捗を効果的に追跡し、埋めるべきギャップを特定することは不可欠です。UHCを測定するSDG指標は2つ(保健医療サービスのカバレッジ、経済破綻をきたすレベルの医療費自己負担支出)ありますが、いずれも実際にケアを受けた人のみを対象とした指標であるため、満たされていないニーズ(アンメットニーズ)が捉えられません。受診を控えた人の割合とその理由に関する世界全体での標準化されたデータは、重要であるにもかかわらず存在していないのが現状です。この問題に取り組むため、WHO神戸センターは、未充足のヘルスケアニーズの研究を、特に高齢者を対象に実施してきました。
当センターのローゼンバーグ恵美技官とサラ・ルイーズ・バーバー所長は9月5日、当センター諮問委員のヴィロート・タンチャロンサティエン氏(タイ国際保健政策計画財団)、ならびにこの分野におけるWHO神戸センターの研究パートナーであるポール・コワル氏(オーストラリア国立大学)、ミサヌール・ラーマン氏(一橋大学・東京財団政策研究所)、岡本翔平氏(WHO本部保健制度ガバナンス・資金供給部門)と共著で、未充足のヘルスケアニーズに関する良質なデータがUHCの世界的なモニタリングの向上に役立てることを提唱する記事を世界4大医学雑誌の一つであるBMJ誌に発表しました。記事では、未充足のヘルスケアニーズについて世界的に合意された定義がない点が指摘されています。「未充足ニーズ」の定義が困難である理由の一つは、ケアを受けるかどうかに関しては、健康の社会的決定要因、個人の価値観、ヘルスリテラシー、その時点での症状など、多くの要因が影響するためです。未充足ニーズの定義が複雑であることにより、その測定も難しくなります。低中所得国では、既存の人口調査において未充足ニーズに関する質問がされていない傾向があり、特に測定が困難です。著者らは本記事で、未充足のヘルスケアニーズの定義およびニーズが満たされない理由に関して、世界的な基準を設ける必要があるとしています。それに加え、未充足のヘルスケアニーズを特定するための調査に用いる標準化された質問も必要であると述べています。個別の治療や疾患に限らず、すべての未充足のヘルスケアニーズを捉え、かつ必要とする医療へのアクセスを妨げている要因がわかるようなデータが必要です。これらのデータは、UHCの現行の指標では把握できない疾患や症状を抱える人々の状況を理解することを可能にし、UHC達成に向けた進捗のより正確な追跡に役立つと考えられます。
ヘルスケアにおけるアンメットニーズに関する当センターの研究の一部は、WHOと世界銀行が9月18日に発行した2023年UHCグローバル・モニタリング・レポートでも取り上げられています。これらの情報は、9月21日に米国ニューヨークで開催されるUHCに関する国連総会ハイレベル会合での議論に活用される予定です。2023年の第76回世界保健総会の決議で要請されたように、ヘルスケアにおける未充足ニーズを、UHC達成に向けた進捗モニタリングの指標に用いることの重要性と実現可能性を議論する好機となります。
当センターと著者らが実施した関連研究プロジェクトについては、下記をご参照ください。
JAGES機構 設立5周年記念シンポジウム「介護予防分野におけるPFS / SIBの可能性」のご案内
JAGES機構 設立5周年記念シンポジウム 「介護予防分野におけるPFS / SIBの可能性」が2023年9月26日(火)東京大学 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホールにて開催されます。 WHO神戸センターからもローゼンバーグ恵美技官が参加し、本センターの関連研究から得られた知見をもとに、「国際機関における成果連動型医療事業の研究」についての講演を行います。
詳しくは、JAGES機構のシンポジウムページをご覧ください。ご参加を希望される方は、こちらのページのシンポジウム受付フォームよりお申し込みいただけます。
主 催:(一社)日本老年学的評価研究機構
日 時:2023年9月26日(火)14:00~16:55
会 場:東京大学 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール
参加費:無料*懇親会は別途費用が必要となります。
対 象:介護予防分野におけるSIB/PFSの取組に興味を持つ自治体職員、研究者、個人
介護予防分野におけるSIB/PFSの取組に興味のある企業
懇親会:多目的スペースにて開催予定。参加費7,000円。

介護分野における外国人技能実習のための ICF(国際生活機能分類)を基盤とした 評価ツールの開発
背景
障害や慢性疾患を抱える人の増加にともない、良質で費用効率の高いサービスへのアクセスを確保するためには介護専門職の増員が必要です。東アジアにおいて既に深刻な介護労働者不足に直面するなか、日本では団塊の世代が75歳以上になる2025年までに、さらに38万人の介護労働者が必要になります。この需要拡大に対処するため、各国では外国人の医療労働者の採用数を増やしたり、実習を行ったりしています。例えば、カナダと米国では、介護に携わる労働人口全体のおよそ5分の1を外国人が占めています。
日本は経済連携プログラムの一環として、看護および介護に従事する外国人労働者をインドネシアやフィリピン、ベトナムから受け入れています。最近では、外国人技能実習制度を拡充して、日本の医療介護産業で働くことを希望する外国人医療介護労働者の実習を対象に加えるとともに、国際協力プログラムの一環として、日本の継続介護の分野での経験を諸外国に提供しています。医療介護に携わる外国人労働者の増加にともない、実習生に介護技能を効果的に移転する実習制度の確立が不可欠になっています。
目標
日本の外国人技能実習制度における介護技能の移転を評価するため、国際生活機能分類(ICF)に基づいた評価ツールを開発し、その有効性を立証する。
研究手法
新しい評価ツールは、現行の外国人技能実習制度評価ツールに基にICFを組み込んで構築され、看護師および医師からなる実務者委員会からの意見を取り入れて開発されました。
評価手段の包括性と運用管理に想定される課題を特定し、ツールを適切に修正するため、外国人技能実習制度の関連施設で予備テストを行いました。このツールにより収集された情報は、実習生の介護技能、被介護者に必要な介護、技能実習の背景、および雇用環境です。
実習後、介護技能を習得できたかどうかについては、指導員のサンプルごとに定性的に判定しました。さらに、定性的なフィードバックを得るため、施設管理者、指導員および外国人実習生を対象に半構造化面接を行いました。
研究結果
評価ツールは100か所の施設でフィールドテストを行い、外国人技能実習の指導員300人を対象としました。多くの指導員や職員からは、介護技能実習システムの4つの要素にまたがる38にわたる項目を用いることは困難であることが指摘され、評価ツールは最大でも25項目まで縮小すべきとの提言が得られました。参加者からは、ICFのコンセプトおよび介護能力の格付けとの関連性を明確にするためのガイドブックがあれば有用との提案がありました。さらに、実習生によって基本となる技能水準が異なるため、評価ツールはさまざまな基本水準から実習生の成長を測れるよう、微妙な差異への対応が求められることも分かりました。
意義
本プロジェクトでは、日本の外国人技能実習制度における介護技能の移転を評価するため、ICFに基づいた評価ツールを作成しました。この新ツールはWHOのICFを基に組み立てているため、他国、特に外国人の医療介護労働者の雇用を検討している国においての活用が見込まれます。この研究の成果は、高齢者介護の必要性、また、外国人労働力へのさらなる依存が予測されるなか、急速な人口の高齢化が進む国々においてはとりわけ広く影響を与えることが期待されます。

日本の長寿者に学ぶ支援機器の利活用
背景
世界では10億を超える人々が支援機器(AT)を必要としています。ATは「ローテク」から「ハイテク」まで幅広い機器で構成されます。例えば、補聴器、眼鏡、歩行器、車椅子、コミュニケーション補助機器、記憶を補助する機器、補装具などがありますが、これらに限りません。ATを利用できる人の割合は非常に限定的で、全世界でみると10人中1人程度です。高齢者は慢性疾患の罹患率が高く、また加齢によるフレイル(虚弱)や障害も多いことから、福祉用具や補助器具を最も必要とする年齢層です。しかし、長寿者を対象としたAT利用者のデータや利用ATの種類、さらにAT利用者の経験に関する研究は限られています。世界有数の超高齢社会である日本は、このような研究ギャップに取り組むうえで他に類を見ない状況にあるといえます。
目標
日本の地域社会に居住する長寿者を対象とし、AT利用者の年齢、最も一般的に利用されているATの種類、さらにはAT利用者の経験の観点から、ATの利用状況に関する分析結果をまとめる。
研究手法
本研究は分野横断型、手法混在型です。定量的研究として郵送による予備調査を行い、その後、構造化質問紙を用いた面接による詳細な調査を行いました。参加者は、柏90スタディとSONICスタディ(70代、80代、90代の高齢者の調査を100歳以上の高齢者の調査と並行して行う健康長寿研究)という2つの調査からサンプリングしました。柏90スタディは、本研究プロジェクトが新しく始めたコホート研究で、千葉県柏市在住の90歳以上の高齢者を対象にしています。SONICスタディは2010年6月の開始後現在も進行中の前向きコホート研究で、関西地域(兵庫県伊丹市および朝来市)と関東地域(東京都板橋区および西多摩地区)で調査を行っています。収集データは、参加者の人口特性、健康状態、身体状況、認知機能および運動機能、心の健康、その他の関連情報です。定性的研究では、AT利用者の経験に関する半構造化面接を基にした綿密な聞き取り調査を行います。
研究成果
分析の対象とした郵送調査のサンプルは、柏90スタディとSONICスタディ合わせて2,477人の参加者からなります。参加者の年齢は88歳から106歳までで、そのうち100歳以上は2.1%でした。大半(98.7%)は何らかの種類のATを利用しており、機器の複数利用はきわめて一般的でした。参加者の約79%は3つ以上のATを利用していると回答し、また5つ以上のATを利用していると回答した参加者の割合は44.8%でした。最も一般的に用いられているATは、入れ歯(76.7%)、眼鏡等の装着型の視力関連機器(72.0%)、手すり(51.4%)、つえ(47.6%)などでした。インタビューから得られた定性的なデータ(94歳から100歳までの男性1人と女性4人)では、ATの利用は地域社会に居住する長寿者にとって、日常生活の動作に著しく有益な効果をもたらしていることが明らかになりました。
意義
本研究では、複数のAT利用が広く普及していることが示され、日本の地域社会に居住する長寿者が最も一般的に利用しているATに関する分析結果が得られました。この情報は、長寿者のニーズに合ったATの設計および処方に役立つことが期待されます。本研究プロジェクトの重要な成果は、新しい研究コホートである柏90スタディを立ち上げたことです。これは、日本の長寿者を対象としたATおよびその他の加齢に関連する課題について、今後の研究のデータソースになり得るでしょう。