システマティックレビューとメタ分析:保健医療サービスへのアクセスを妨げる経済的障壁とその結果としての未充足のヘルスケアニーズ

フォトクレジット: ©WHO/Yoshi Shimizu
実施期間:

2020年5月~2021年4月

連携機関:

代表研究機関: 東京大学

協働機関: WHO本部 保健制度ガバナンス・資金供給部門 経済評価・分析ユニット(EEA)、WHO地域事務局

主導研究者:Dr Mizanur Rahman(東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学・一橋大学社会科学高等研究院)

研究対象地域:

グローバル

総予算:
US$ 13,750 (EEA/WKC共同出資)

 

 

背景

持続可能な開発目標(SDGs)の下、現在使用されている(保健医療費に対する)経済的保護のモニタリング指標は、どういった経済的障壁によって必要とされる保健医療サービスの利用が妨げられているかという実情を把握しきれていません。家計にとって破滅的かつ困窮化を招くほどの自己負担医療費の発生を示す指標がたとえ低く抑えられていても、それは経済的障壁やその他の要因から、サービスの利用制限やヘルスケアニーズが未充足な結果である場合も考えられます。このようなヘルスケアニーズの未充足(アンメットニーズ)の問題は、保健医療サービスを長期間にわたり頻繁に必要とする複数の慢性疾患を抱えがちな高齢者にとってはさらに深刻です。本研究では、一般年齢層、および、特に高齢者層におけるアンメットニーズのレベルとその事由に着目し、既存の世界規模のエビデンスを統合することを目的としています。

目標

 一般年齢層における自己申告のアンメットニーズの割合を推計し、医療アクセスに対する経済的およびその他の障壁を特定し、さらに人口特性によるアンメットニーズの割合の差異を評価する。

 65歳以上の高齢者層におけるヘルスケアおよび継続的なケア(long-term care / LTC)のニーズに対する未充足率とその事由を評価する。

研究手法

 4種類の電子データベース(PubMed、EMBASE、CINAHL、Web of Science)において、受診控え、LTC、アンメットニーズ、アクセス障壁、および世帯調査分析に関連する用語を組み合わせて文献検索を行いました。 文献の言語、日付、研究対象年齢に制限は設けませんでした。検索結果の文献3915件をスクリーニングした後、条件を満たした114件の研究論文が選定されました。そこから抽出されたデータの対象は、56か国(主に高所得国)の約5800万人で、一部に子供や青年も含まれていますが、ほとんどが30歳以上の成人でした。

エビデンスの統合は、変量効果メタ分析を使用して行い、アンメットニーズ発生割合の統合推定値を得ました。

ヘルスケアだけでなくLTCにも認められるアンメットニーズの発生割合を調べるために、65歳以上の高齢者層を対象にサブグループ分析を追加で実施しました。高齢者層のサブグループ分析では、65歳以上に関するデータを有する79件の研究に焦点を当て、LTCの未充足ニーズに関連する14件の研究もレビューに加えました。

研究結果

 ヘルスケアのアンメットニーズを測定するために使用される調査質問は研究ごとに異なりました。標準化された定義が存在しないことから、この研究で用いた「ヘルスケアのアンメットニーズ」の操作的定義は、怪我や病気などでヘルスケアの必要が生じたときに受診を試みたかどうかに関する調査質問への否定的な回答としました。

全体分析の結果からは、メタ分析の調査対象の9.0%が、必要時のヘルスケアに対して回避(受診控え・放棄)や遅延をしたと報告していることが分かりました。ヘルスケアニーズが未充足である理由としては、医療費の負担(20.6%)に次いで、必要とする医療の可用性(17.0%)、アクセスのしやすさ(12.2%)、受容性(8.9%)があげられました。費用が原因で未充足となるヘルスケアニーズの統合発生率にみられる統計学的に有意な相違点は以下のとおりです:教育レベル(初等教育以下 [14.3%] – 中等教育以上 [7.8%])、主観的健康状態(不良 [24.6%] –  極めて良好/良好 [15.5%])、保険加入の有無(無保険者 [21.9%] – 被保険者 [15.9%])、経済状態(最貧困五分位 [30.2%] – 最富裕五分位 [8.4%])。

メタ分析の対象のうち、65歳以上の高齢者の10.4%がヘルスケアニーズの未充足を回答していました。これは、31〜64歳の成人で4.9%の割合を上回る結果でした。高齢者のアンメットニーズの理由としては、医療費(主に治療費)の負担(31.7%)が多くを占め、次いで必要とする医療の受容性(10.4%)、アクセスのしやすさ(6.2%)、可用性(4.9%)が示されました。高齢者のアンメットニーズの統合発生率にみられた統計的に有意な差異は次のとおりです:性別(男性 [10.9%] – 女性 [14.4%])、教育レベル(初等教育以下 [13.3%] – 中等教育以上 [7.5%])、主観的健康状態(不良 [23.2%] – 良好 [4.4%])、保険加入の有無(無保険者 [27.7%] –被保険者[9.0%])、経済状態(最貧困五分位 [28.2%] – 最富裕五分位 [7.1%] )、調査年(2001~2010 [4.3%] – 2011~2019 [10.8%])。

LTCの未充足ニーズの測定についても、標準化されていないことが分かりました。 本研究においては、メタ分析の目的として「LTCのアンメットニーズ」を以下の調査質問に対する否定的回答として定義しました:[日常生活動作(ADL)と手段的日常生活動作(IADL)の自己申告により定義される自立機能の低下に対処するための支援が受けられているかどうか]。平均すると、LTCのアンメットニーズを回答した高齢者は25.1%(14件の研究)で、次のような違いがみられました:自立機能レベル(日常生活動作(ADL)の低下 [23.8%] – 手段的日常生活動作(手段的ADL)の低下 [11.0%] )、居住地域(農村部 [51.1%] – 都市部 [48.0%])。

世界的な示唆

健康に関する経済的保護の達成に向けた進捗状況のモニタリングに用いられているグローバル指標は、ヘルスケア利用の経済的影響を捉えるに留まり、アンメットニーズに起因して医療費支出が少ない状況については全く把握できていません。 多くの国では、ヘルスケアのアンメットニーズに関するデータが極めて乏しく、高齢者など亜集団のアンメットニーズを詳しく把握している調査数はさらに少ないのが現状です。 アンメットニーズの測定を既存の世帯調査に組み込むことでこのギャップを埋めることが望まれます。一方で、国ごとに状況を比較するためには、ヘルスケアおよびLTCに対するアンメットニーズの標準化された定義の必要性が課題としてあげられます。

地元関西にとっての意義

関西地域に暮らす高齢者のヘルスケアおよびLTCに対するアンメットニーズについては、公表文献による情報が不足しています。このことから、WKCは、利用可能な世帯調査データを用いた研究を実施中で、他の年齢層や他の地域と比較しながら関西の高齢者のアンメットニーズを新たに評価することを目指しています。 また、関西において、医療ソーシャルワーカーが高齢者のヘルスケアとLTCに対するアンメットニーズにつながる主要な課題としてどういったことを認識しているかについても定性的に考察します。

出版物

Rahman, M.M., Rosenberg, M., Flores, G. et al. A systematic review and meta-analysis of unmet needs for healthcare and long-term care among older people. Health Econ Rev 12, 60 (2022). https://doi.org/10.1186/s13561-022-00398-4

研究結果の一部が 「保健医療分野における経済的保護に関するグローバル・モニタリング・レポート2021」(英文のみ) (27頁、囲み8)に掲載 

ダウンロード: