2013-01-26

中嶋宏元WHO事務局長死去 -- 保健分野に大きな功績を残す

日本人初の国連機関トップとして世界保健機関(WHO)事務局長を務めた中嶋宏氏が26日(現地時間)、フランス西部ポワチエの病院で死去いたしました。84歳でした。

東京医科大学 において 薬理学と神経精医を専攻し、同大から 薬理学と神経精医を専攻し、同大から 医学(士) 及び 博士号を取得。博士課程修了後、パリ大学フランス国立健康医研究所にて 博士課程修了後、パリ大学フランス国立健康医研究所にて 12 年間研究を 行っ た後 日本に帰国し、ロシュの研究ディレクターに就任。

1974 年(昭和 49 年)世界保健機関( WHO )に入職 し、 薬剤政策管理部門チーフ と して、必須医 薬品に関する最初の専門家委員会事務局をつとめ、必須薬品のコンセプト作りに主導的な役割を果たしました。

1978 年(昭和53 年) から1988年までWHO 西太平洋地域事務局 長として勤務。1988年(昭和63年)に第4代WHO事務局長に選出され、1998 年(平成10年) 7月に引退するまで同職を務めました。

現在のWHOにおける多くの成功事業は中嶋氏の功績によるものです。中嶋氏のリーダーシップのもと成功を遂げた主な事業には以下のものがあります。

  • 1995年にWHOが推進を始めた結核のDOTS(直接観察監視下での短期治療)
  • マラリアの媒介昆虫制御
  • 小児疾患の統合管理
  • 小児期における予防接種グローバルキャンペーンの拡大

中嶋氏の数多くの功績の中に、1995年にWHO諮問委員会にてその設立が決定された、WHO健康開発総合研究センター(WHO神戸センター)の設立があります。

現在スイス・ジュネーブにおいて開催中のWHO諮問委員会において、マーガレット・チャンWHO事務局長は中嶋氏の訃報を伝えると共に、「中嶋氏にとって、人々の健康こそが、彼が主導した多くのイニシアティブの原動力でした。中嶋氏が最も力を注いだのがポリオの撲滅です。我々はその達成に近づいています。ポリオ撲滅に向け更なる努力を重ね、中嶋氏への賛辞としましょう」と述べました。

公衆衛生における中嶋氏の貢献をたたえ、WHO諮問委員会では、WHO加盟国、市民団体、WHO職員そして他の参加者による黙祷がささげられました。中嶋氏は、妻であるマーサさん、そして二人の息子さんを残して逝かれました。