主要な研究テーマに関するプロジェクト

 

エビデンスに基づく政策、プログラム、実践を推進するために、WKCは2018年に専門家会議を開催し、災害・健康危機管理 (Health EDRM)研究の必要性に対応しました。その中で、健康急事態に対して多面的に予防、備え、対応、復旧を行うために、効果的な情報を提供する4つの研究テーマが特定されました [1]。

WKCは研究公募・提案をし、2019年に4つの研究プロジェクトを開始しました。2020年に行われた第2回コアグループ会議では、さらに新たな研究ニーズが特定され、2021年に2つの新規プロジェクトが開始されました。これらの研究活動は、各国が緊急リスク管理における能力を強化し、最終的に緊急時に安全な人々が10億人増えることに貢献する可能性があります [2]。

 

4つの主要研究テーマ

 

エリア1: 危機・災害等の発生前・発生時・発生後の保健医療データ管理

正確で包括的な保健医療データは、災害救助と復興において効果的な健康支援を提供するために不可欠です。WKCは、緊急時や災害の前後で使用するための保健医療データ収集の方法論やツールに関する研究を促進し、コーディネートしています。

 

危機・災害等の発生前・発生時・発生後の保健医療データ管理に関するスコーピング・レビューおよび事例研究

 

 

エリア2: 緊急時・災害時の心理社会的マネジメント

緊急事態や災害は、対応する人々を含め、被災した人々に大きな精神的圧迫を与える可能性があります。メンタルヘルスと心理社会的支援(MHPSS; Mental health and psychosocial support)は、Health EDRMの不可欠な要素です。WKCは、効果的なMHPSSのための保健システム強化に関する研究をコーディネートしています。

 

​​災害や健康危機後のメンタルヘルスの長期的予後の決定要因: システマティックレビューとアジア太平洋災害精神保健ネットワークの設立

 

災害後の中長期的心理社会的影響に関する研究​​

 

 

エリア3:コミュニティにおける災害リスク管理 - 災害リスクリテラシーとコミュニティレベルでのニーズへの対応

包括的に災害へ対応するためには、コミュニティや社会的に弱い立場にある人たちの脆弱性と能力を十分に理解することが必要です。また、コミュニティがどのようにリスクを認識し、管理するかは、緊急事態や災害の健康への影響に大きく影響します。WKCは、この研究テーマについて、より良い理解と対策を得るための研究に取り組んでいます。

 

中国、インドネシア、ベトナムの災害弱者に対する気候関連災害の影響:保健医療の対策と評価指標に関するスコーピング・レビュー

 

災害後の人々の健康維持・回復に向けた ケア戦略の開発

 

 

エリア4: 災害・健康危機管理 (Health EDRM)のための医療従事者育成

医療人材の育成は、Health EDRMの包括的な研究テーマです。WKCはこのギャップに対処するための研究と能力開発を支援しています。

 

災害・健康危機管理における保健医療人材開発:文献レビュー、事例研究、専門家協議を通じた研究

 

 

新しい健康ニーズに対応する研究テーマ:

COVID-19の文脈におけるHealth EDRM

COVID-19の文脈で新たに特定されたHealthEDRMの研究ニーズに応え、WKCは2020年以降、3つの研究プロジェクトを開始しました。

 

コミュニティの回復力強化に向けた戦略に関する体系的同定および評価

 

新型コロナウイルスのパンデミック下における、社会全体でのアプローチを用いた災害・健康危機管理の事例

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下における精神的ストレス軽減のためのデジタル介入アルゴリズムの開発

 

[1] Kayano R, Nomura S, Abrahams J, Huda Q, Chan EYY, Murray V. Progress towards the Development of Research Agenda and the Launch of Knowledge Hub: The WHO Thematic Platform for Health Emergency and Disaster Risk Management Research Network (Health EDRM RN)International Journal of Environmental Research and Public Health. 2021; 18(9):4959. https://doi.org/10.3390/ijerph18094959

[2] Kayano R, Nomura S, Abrahams J, Huda Q, Chan EYY, Murray V. Progress towards the Development of Research Agenda and the Launch of Knowledge Hub: The WHO Thematic Platform for Health Emergency and Disaster Risk Management Research Network (Health EDRM RN). International Journal of Environmental Research and Public Health. 2021; 18(9):4959. https://doi.org/10.3390/ijerph18094959

 

 

 

 

アーカイブされたすべての研究プロジェクト

 

 

 

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災害後の人々の健康維持・回復に向けた ケア戦略の開発

背景

自然災害は大規模化し、かつ頻発に発生しており、災害への備えとして災害リスクとその影響の低減に関する検討が必要とされています。特に高齢者は、被災後、慢性疾患の悪化や心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病の合併など、身体的・精神的脆弱性を有します。また、医療および社会サービス提供者は、被災後の対応において高いストレス下での職務継続が求められるため、PTSDやうつ病の予防措置についての検討が必要です。

本研究事業は2つの研究により構成されており、日本国内で18万人以上が被災した2016年の熊本地震を背景に実施されました。 1つめの研究は、震源に近く最も深刻な被害を受けた地域のひとつであるX町において、高齢者のニーズおよび健康状態を特定することを目的として実施されました。 2つめの研究では、熊本地震で被災した医療および社会サービス提供者を対象に実施した2日間の療養プログラムの効果について評価しました。プログラムには、心理教育の介入、個人およびグループでのカウンセリング、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病を予防するために設計された小グループの心理療法が盛り込まれました。

目標

  1. 2016年の熊本地震により被災した65歳以上の人々の健康状態、生活の質、介護の必要性、生活の変化について評価する。
  2. 災害の影響を受けた医療および社会サービス提供者を対象に治療的介入プログラムを実施し、その実現可能性、関連性、受容性、およびPTSDとうつ病の予防に対する効果を評価する。

研究手法

  1. 熊本地震の3年後、X町の65歳以上の全住民9,215人に調査票を送付し、災害の影響(例:家屋の被害、家計への影響、避難要件)、災害後の生活の変化(例:食習慣、日常活動、社会活動、災害前後の健康ニーズの変化(例:長期介護、短縮版のSF-8bによる健康関連の生活の質(HRQoL)の測定)など、社会人口統計学的特性に関する情報の収集。
  2. 医療および社会サービス提供者254人を対象とした2日間の治療プログラムの効果について、自己報告型アンケート(抑うつ状態自己評価尺度:CES-D、SF-8、トラウマ反応を評価する質問紙: a sheet of dynamic change for trauma response (DCTR))を用い、介入前、介入後1か月、3か月、6か月にわたり実施した調査に関する評価。

研究結果

合計3,692人の高齢被災者(対象参加者の40%)から調査票への回答が得られました。回答者の30%は、地震後に外出や社交の頻度が減少したと報告しています。地震の3年後には長期介護や支援の必要性が高まり、回答者の7%により必要な介護や支援についてレベルの低下が観察されています。また、回答者のHRQoLスコアは全国基準と比較して低く、身体機能では男性で48.2対49、女性で46.4対49.3、心の健康においては男性で49.3対51.3、女性で47.6対50.7という結果でした。

治療介入プログラムに参加した254人のうち、92.5%が看護師でした。調査開始時と介入後6か月の間に、PTSDのレベルは39%から19%に低下(p <0.01)、CES-D平均スコアは22.8から22.3に低下しました(p <0.05)。また、DCTRの平均スコアは8.3から-2.4に低下しました(p <0.01)。一方で、HRQoLの変化は統計的に有意ではありませんでした。平均的な身体機能スコアは43.5から41.1(p> 0.05)に減少しましたが、心の健康に関する平均的スコアは40.9から42.6(p> 0.05)に増加しました。

意義

熊本地震の高齢生存者のサンプルでは、HRQoLのレベルが低く、地震から3年後に介護や支援の必要性が高まったことが見て取れます。 PTSDを有する医療および社会サービス提供者の割合は介入後に半減しました。ただし、比較可能な対照グループに欠けることから、この治療的介入の有効性の評価には限界があると考えられます。

 

 

 

災害後の中長期的心理社会的影響に関する研究

自然災害の発生頻度と被害はここ数十年増加傾向にあり、人口増加や高齢化など人口動態の変化や、経済発展に伴う都市の無計画な成長などがその被害を深刻化させています。防災における保健・健康の重要性は2015年に仙台で開催された第3回国連防災世界会議の成果文書「仙台防災枠組2015-2030」でも大きく取り上げられ、保健・健康に関する科学的エビデンスの構築が必要と訴えています。また、防災対策を論じる上で災害への備えや急性期対応に焦点が置かれる傾向があり、中長期的な心理社会的影響や、被災者のニーズ、実際の介入策に関するエビデンスが不足しています。

 

研究概要

本研究ではWHO神戸センターが国立精神・神経医療研究センター(主導研究施設)と協力し、兵庫県こころのケアセンター、日本の専門家ワーキンググループ(21名の有識者によって構成)と連携しながら、心理社会的影響に着目して、日本の防災に関する知見を集約します。

研究骨子

  1. 過去の主要災害のニーズに基づいた災害精神保健分野の政策的・社会的イノベーションに関するレビュー論文作成(執筆者:兵庫県こころのケアセンター 加藤寛所長)
  2. 被災者の中長期的なメンタルヘルス・マネジメント向上に必要とされる知識ギャップや政策に関する専門家会議(WHO神戸センター専門家ワーキンググループ)
  3. 国際的な研究ギャップに関するシステマティック・レビュー
  4. 日本の研究者、行政職員、NGO、地域活動の関係者に対する全国調査
  5. 上記の統合と知見の集約

 

目的

被災者の中長期的な心理社会的影響に関する知識・対策の主要なギャップを明らかにする

災害後の中長期的な心理社会的影響のマネジメントに関するエビデンスに基づいた政策オプションを提示する

災害・健康危機管理に関する科学的エビデンスを日本から世界へ発信する

 

 

出版物

Kayano R, Lin M, Shinozaki Y, Kim Y. Long-Term Mental Health Support After Natural Disasters: A Report From An Online Survey Among Japanese Experts. Under review by Internal Journal of Environmental Research and Public Health (IJERPH).